アラサーワーママ女医のむーです。
私は、若手内科医としてフルタイム勤務中に適応障害を発症しました。
こちらの記事では、私が適応障害を発症してから回復するまでの過程について、医師としてではなく
「ひとりの患者」としてお話しします。
・適応障害で苦しんでいる方
・日々の忙しさに心の余裕がなくなっている方
・そのことさえにも気づけていない方
私の経験をシェアすることで誰かの役に立てたら嬉しいです。
※この記事は、8ヶ月の休職を経て復職を間近に控えている時点で執筆したものです。

私が適応障害を発症するまで
あの日私は適応障害になった
「全然出来てないじゃん、先週からなーんも進んでないよね?」
イスのうえでふんぞり返りながら、苛立って貧乏揺すりをしている男性上司。
静まりかえるカンファレンスルーム。
毎週開催されるカンファレンスで、私はその上司に執拗にダメだしされ、まるで公開処刑状態だった。
その日過去最悪に問い詰められた私は、ついに限界に達した。
何とかプレゼンを終え、部屋を飛び出した瞬間、涙があふれ出て過呼吸になった。
駆け込んだトイレのなかで、体が動かない。
保育園のお迎えに行かないとーーー
すがるような思いで家族に連絡をとり、職場まで駆けつけてくれた妹のおかげで何とか帰路についた。
その後、夜遅く帰宅した夫のまえで号泣。
「もう仕事休んだ方がいいよ、週明け精神科に行こう。」
これが、私が適応障害を発症した瞬間でした。

適応障害の原因は1つではなかった
適応障害発症の最大のきっかけとなったのは、前述の上司からのパワハラでした。
ただ、発症の原因は1つではありませんでした。
様々なストレスが短期間に重なり、キャパオーバーの状態になったのです。
まず、①職場の異動があったこと、そして②子育てと仕事の両立で慢性的に疲弊していたことです。
職場では、病棟業務(入院患者を担当する業務)を子持ち女医が担当した前例がありませんでした。
サポート体制が不十分の状態で働き続け、心の余裕がなくなっていきました。
家にいても仕事のことで頭いっぱいで、育児中も上の空の状態に。
息子は幼いながらも、私がぴりぴりしているのを感じとっていたのでしょうか。
私が近づくと「パパがいい~!」と泣き出すことも。
日に日にパパッ子になっていく息子をみながら自己嫌悪に陥っていきました。
そして適応障害発症の1週間前、担当患者の予期せぬ急変で遅くまで残業した日の夜。
家族に「もっと子どもと一緒にいてあげなさい、かわいそう」
といわれ大げんか。
耳に痛いことを言われ、私の心はズタボロの状態でした。
ギリギリの精神状態で働いていたところに、最後のとどめがパワハラでした。
コップの水があふれるように、そして糸がプツンときれたように適応障害を発症したのです。

適応障害発症から復職までの経過
精神科への通院
近隣の精神科クリニックを受診、適応障害の診断で3ヶ月の休職を指示されました。
(当時は「3ヶ月も休むの?」と意外に思いましたが、結果的には8ヶ月ほど休職することになります。)
とにかくしっかりと睡眠をとること、仕事のことを忘れて脳と身体を休めるようにお話がありました。
その後は2週間に1回の頻度で通院し、不眠症に対して睡眠導入剤を処方されました。
(経過中、抗うつ剤や抗不安薬は処方されていません。)
職場に休職の希望を伝え、私の休職生活が始まりました。

休職期間を二度も延長
休職後、職場から物理的な距離をとったことで、ある程度の精神状態の回復を認めました。
しかし、ことあるごとに仕事のことを思い出し、心理的にストレス要因から離れられない状態が続きました。
また、休職開始時に上司から「一ヶ月くらいでよくなりそうだね」といわれたことが気にかかり、早く治さなければと焦りました。
当初予定していた3ヶ月の休職期間が終わる頃も、睡眠薬を手放せない状態。
主治医からは、まだ復帰を許可できる状態ではないといわれ、休職期間を二度延長しました。
なんとか心理的にも職場から離れられるように試行錯誤を続けました。
休職して半年経過した頃から、睡眠薬を飲まなくても寝られる日が増えてきました。
そして、心身が整ってきたことを実感、自然と復職への意欲も沸いてきたのです。
休職中に心がけたこと
休職中に心がけていたことは、大きく分けて以下の3つです。
食事・睡眠・運動を整える
休職してはじめの1ヶ月ほどは、外出ができず引きこもり状態でした。
人間としての最低限の生活を送れるようにしなければ・・・
まずは、①食事、②睡眠を最低限整えるところからはじめました。
ストレスで痩せてしまっていたので、食べたいものを食べて栄養をつけるように心がけました。
また、なかなか寝付けなかったり、夜中に何度も目が覚めるなど不眠症にも悩まされました。
クリニックで処方された睡眠薬の力を借りて、無理矢理にでも寝て、しっかりと休養をとるようにしました。
体調に合わせて、ウォーキングやヨガなど、無理ない範囲で③運動を始め、出来る範囲で生活のリズムを整えるようにしました。

ストレス因子からはなれる
ストレス因子から物理的な距離をとる
適応障害の治療で大切なのは、「原因となったストレスから離れること」です。
前述の通り、私の適応障害の大きなキッカケとなったのが①上司からのパワハラ、②家族とのケンカでした。
休職したことで仕事からは物理的に離れましたが、LINEやメールでの事務連絡がくると精神的に不安定になってしまうので、グループを抜けさせてもらいました。
また、ケンカした家族との接触も控えました。
ちなみに、パパッ子になった息子は、私が解放されているのを感じ取ったのか、休職したとたんママッ子に変身しました(笑)
笑顔の増えた息子をみて、どれほど自分が仕事に捕われていたか痛感し、反省しました。
仕事から心理的な距離をとるのに苦戦
いくら距離をとっても仕事のことが頭から離れず、脳が休まらない状態が続きました。
- 休んでいることへの負い目(同僚に申し訳ない、など)
- 自分は、ほんとうは怠けているのではないかという不安
- キャリアを中断していることへの焦り
こういったネガティブ感情にとりつかれた状態でした。
定期的に行っていた上司との面談で、「いつごろ復職できそう?」と聞かれるたびに焦りました。
職場から心理的にも距離をとった方がいいと考え、面談の頻度を減らしてもらうようにお願いしました。
また、ヨガ、料理教室通い、読書、好きなYouTubeチャンネルを観るなど、仕事と全く関係のないことをして過ごすようにしました。
自分の体調の回復もあいまって、休職して4-5ヶ月過ぎた頃には仕事のことを考えても心がざわつかなくなりました。
人とのつながりをもつ
休職中は、夫をはじめとした家族が手厚くサポートしてくれました。
特に一番近くにいる夫には、不安に思っていること、気持ちの変化などを正直に共有しました。
休職していることを打ち明けると自分のことのように心配し、寄り添ってくれる友人の存在にも助けられました。
休職中にはじめたヨガや料理教室で出会った仲間、ママ友など新しいつながりもでき、人間関係で満たされる機会が増えてきました。

復職への意欲を取り戻すまで
「内省」がカギだった
体調は、直線的に回復したわけではありません。
コンディションの良い日と悪い日の波を繰り返し経験し、全体として改善傾向に向かっていきました。
休むことである程度元気になったものの、仕事への意欲が沸いてこない・・・
今ひとつ何かが欠けているような感覚がありました。
また働ける日が来るのだろうか・・・
このままだと、発症前と同じスタート地点に戻るだけでは?
同じような状況になったときに、適応障害が再発するのではないか
そこで私がおこなったのは、「内省」です。
- 過去の人生における失敗/成功体験
- 自分の性格や思考のクセ
- 人生の優先順位
- 理想の働き方、暮らし
これらのことについて、時間をかけて深く掘り下げていきました。
内省してわかってきたのは、「心身の健康を保った状態で、女医としても母としても一人の女性としても自己実現をしたい」ということでした。
収入だけを考えれば、医師のバイトのみでも十分に生きていくことができます。
しかし、自分には医師として実現したいことがあること、そのためには地道に経験を積んでいく必要があることを再認識しました。
じっくりと内省をすることで人生における目標が明確化し、復職への意欲が自然と湧いてきたのです。

元の職場に戻ることを決断
退職することも選択肢に入れながら過ごした休職期間でしたが、最終的には元の職場での再スタートを選択しました。
私が復職するうえで重視することは、以下の2点でした。
- 目標を実現するための経験が積めること
- 心の余裕を持った状態で働けること
では、元の職場でそれが可能なのか?
1に関しては、症例数や指導医の人数など、経験を積むには望ましい環境であると考えました。
2に関しては、パワハラ上司との接触の回避や仕事量の軽減について約束をしてもらえたことから、望みはあると判断しました。
ただし、キャパオーバーにならないように、自分でも働き方をコントロールしていく必要はあるのは肝に銘じる必要はありました。
新しい職場に異動して新たに人間関係を構築するリスクと天秤にかけ、まずは同じ職場に復職しようと決断をしました。
復職にむけて
主治医や職場と相談し、まずは週1回の勤務から少しずつ復職することになりました。
今でも、マルチタスクや仕事中の集中力に不安があります。
まずは無理のない範囲で再開し、少しずつ自信をつけていきたいと考えています。
職場からも理解を得られ、本当にありがたく思っています。
現在は、仕事を想定したリズムで生活をするように心がけたり、一つのことを集中して行う練習として勉強をしたりするなどして、復職に備えています。
正直なところ復職への不安はありますが、支えてくれた方から頂いた言葉を胸に、気楽に考えるようにしています。
ほんとうに無理ならば、いつでも仕事やめてもいい
家族さえいればなんとかなるから
まとめ
長くなりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。
適応障害を発症した直後は、先の見えない不安に襲われ、人生の目的を見失っている状態でした。
しかし、時間をかけて心身を休め、自分を見つめ直したことで、復職を決断することができました。
いま適応障害と闘っている方にお伝えできることとしては、適応障害は必ずよくなるということです。
また、適応障害を乗り越えれば、以前よりも一皮むけた自分になれる、ということです。
どうか焦らずに、人と比べず、ゆっくりと自分を休めてあげてください。
次の記事からは、適応障害について、私の経験を交えながら掘り下げていきたいと思っています。
ぜひチェックしていただけたら嬉しいです。

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